蔚山鯨祭り

令和5年5月10日
https://www.busan.kr.emb-japan.go.jp/img/b.gif<記事原文>
   
https://www.ksilbo.co.kr/news/articleView.html?idxno=969173

 「ステージはこんなに大きくなかったぞ。以前の倍は十分にある。」

 昨年10月、3年ぶりに開催された蔚山鯨祭りの開幕式に出席した日本のある国会議員はステージの規模に驚いて、このように述べた。日本の山口県出身の江島潔議員と蔚山との縁は、議員が下関市長を務めていた頃から始まったので既に25年以上になる。江島議員は、コロナが流行していた3年間を除けば、ほぼ毎年鯨祭りへの参加のため蔚山を訪問してきた。筆者は、昨年江島議員に同行し、約10年ぶりに蔚山鯨祭りに参加した。

 人間と鯨の繋がりは太古に遡る。新石器時代から青銅器時代にかけて描かれたと推定される盤亀台岩刻画はあまりにも有名だ。日本では縄文時代の貝塚から鯨の骨が発見されている。韓国でも日本でも、海岸線の近くにいる人々が鯨を捕まえ、貴重なタンパク質を摂取してきたのは当然のことかもしれない。

 今回、久しぶりに長生浦を訪問し、鯨文化村を見て、自ずと感嘆した。1960年から70年代当時の長生浦の村の様子をそのまま再現したのが鯨文化村だが、その姿は当時の日本の村の姿とも重なる。筆者が小学生の頃には学校の給食で鯨の唐揚げが時々提供された。牛肉が高値であった当時、鯨肉は日本の庶民も楽しむことができるご馳走のうちの一つだった。懐かしさのあまり1時間以上その場所を見て回った。

 蔚山は日本人にとっても魅力的な都市だ。日本の近代捕鯨産業の中心地であった下関、網走等の日本各地域との交流は続いており、3年ぶりに開催された鯨祭りの歓迎レセプションには日本から来た多くの市民が参加した。

 3年間に及ぶコロナ禍を経て、世界中の人々が、いつにも増して人的往来、交流の重要性を切実に感じている。昨年10月以降、韓国と日本との人的交流は上昇傾向に転じた。昨年だけでも韓国からは100万人以上が日本を訪れ、日本からも30万人以上が韓国を訪れた。今年に入ってもこのような上昇傾向は続いている。

 人の交流が盛んになれば、都市や地域が活気づく。蔚山をはじめとする嶺南地域と日本は超広域経済圏に位置しており、交流による間接的な効果は、飲食業、宿泊業、観光業だけに止まらない。日韓両国は、コロナ禍での人的往来の中断による景気の沈滞と、交流再開で得られた経済的効果を実感している。先般日本で開催された日韓首脳会談においても、(韓日)両国間の人的交流がより一層活発化することで関係改善の好循環が更に加速することを期待するとされ、交流の重要性を再確認した。

 蔚山鯨祭りは実に多様だ。メイン・ステージが置かれるコレ・マダンをはじめ5か所の会場では、4日間で、歌謡、ダンス、ショー、公演など、100以上の行事が行われる。蔚山だけでなく韓国各地から多くの観光客が訪れる。鯨とは一見関連のないようなイベントもあるが、メイン・イベントはなんと言っても5つの会場を行進する鯨パレードだと言える。メイン・ステージの大空に巨大な鯨のバルーンが現れると観客はいっせいに歓声を上げて喜んだ。皆鯨が好きなのだ。

 鯨は蔚山市民の誇りであり、鯨祭りは集いの場だ。韓国人だけでなく、日本をはじめとする様々な国の市民との交流を行うことができる場でもある。今年、蔚山鯨祭りは、コロナ前のように5月に開催されるが、蔚山と縁のある日本の各地域から多くの人々が訪れ、今回の祭りがこれまで以上に多くの人々との相互交流の場となり、蔚山地域の経済的な活性化に繋がることを期待している。筆者は鯨祭りが大好きだ。鯨祭りの期間、蔚山で多様なイベントを楽しみ、多くの人々と交流を行うつもりである。