智水勝山富者マウル
令和5年8月29日
http://www.gnnews.co.kr/news/articleView.html?idxno=533461
在釜山日本国総領事 大塚 剛
去る6月慶尚南道晋州を訪れた際、晋州市庁の職員から勝山マウル(勝山村)を訪れてはどうかと勧められた。三星、金星(LG)、GSなど韓国屈指の財閥当主を輩出した勝山マウルは、K-企業家精神発祥の地であると市職員は説明してくださった。
最初に案内してくれたのは「晋州K-企業家精神センター」だった。センターは、昔の初等学校の校舎を改築したものであり、李舜臣将軍や申師任堂の銅像、国旗掲揚台がそのまま残っている。その中でも一際目立つのは、富者松とよばれる木だ。この松はLGの創業主具仁會(グ・インフェ)会長と三星の創設主李秉喆(イ・ビョンチョル)会長がひと株ずつ植えたものと伝えられている。
傑出した起業家や世界的に有名なグローバル企業を多数輩出した地方都市としては、米国シアトルを挙げることができる。シアトルは、ボーイング、マイクロ・ソフト、スターバックス、コストコ、アマゾンの発祥地である。航空業界の覇者であるボーイング社に集まった豊富な資金がこの地域での新たなベンチャー企業の原資となった。パーソナル・コンピューターのオペレーション・システム、エスプレッソー・コーヒーを販売するカフェ、棚卸し形式の大型量販店、オンラインによる通信販売など、いずれも当時は珍しい奇抜なアイディアを備えた企業がシアトルから始まり、全世界に事業を展開していった。豊富な起業資金と新進気鋭の企業家を結びつけるネットワークがシアトルに形成されていた。
勝山マウルにも資金ネットワークがあったことをK-企業家精神センターで学んだ。勝山マウルは朝鮮時代の初期である六百年前から金海許氏の集成村(同じ姓を持つ人々が集まった村)である。そして綾城具氏は約三百年前に許氏の婿として移り住んだ。2つの家門はお互いに助け合い、密に連携しながら豊かな村を育んだ。
許氏と具氏が定着し、住んできた勝山マウルは、朝鮮王朝時代、漢陽(今のソウル)で「晋州は知らなくても、勝山は知っている」と言われるほど、金持ちが住んでいる村として有名だったという。
勝山マウルでは、豊富な資金が血縁関係を通じて循環した。許萬正(ホ・マンジョン)会長と具仁會(グ・インフェ)会長はそうした資金を活用してLGグループとGSグループの礎を築き、親族・親戚に新たな事業の機会を与えた。
K-企業家精神センターを見学した後、勝山マウルで彼らが過ごした家屋に立ち寄った。村の入り口には果樹園があるが、昔からだれでも果実を食べられるように開放されており、また、家屋の井戸は村のだれでも利用できるよう正門に近い位置に作られていた。「勤倹節約」をモットーとした村ではあったが、金持ちは隣人のために常に惜しみなくお金を使った。著者はシアトルでも企業家たちが公共のために惜しみなくお金を使う姿を見てきた。成功した企業家たちは、美術館、博物館などでの文化行事のスポンサーとなり、都市の活性化を自らの誇りとした。グローバル企業が支えているおかげで、都市に自由闊達な雰囲気が溢れ、そこで新たな企業や自由な文化が育まれている。
勝山マウルとK-企業家精神センターの間には暁州苑がある。すべての村人が安らかに休息できるように公園を作りたいとの許萬正会長夫人の遺言により造成されたという。この公園を訪れれば、K-企業家精神の本質が隣人への施しであり、公共への奉仕であり、地域の活性化であることがよく理解できる。
本年11月晋州で晋州伝統工芸ビェンナレーが開催されるそうだ。晋州市は工芸・民俗芸術の分野でユネスコの創造都市に指定されている。ユネスコの創造都市とは、「創意的な文化活動と革新的な産業活動の連携によって地域が活性化している都市」をいう。
伝統工芸品、勝山富者マウルは晋州が誇るべき宝物だ。K-企業家精神への関心が高まっているこの機会に晋州市が創意的な文化活動と革新的な産業活動の連携によって更に活性化されることを大いに期待している。