海外にある自国の美術品は美の広報大使

令和4年10月21日
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 東京の自宅のベランダには小さな帆掛け船が置いてある。ソフトボール大の小石に帆を付けたこの船はいつも北西を向いている。「いつの日か北西の風にのって釜山にかえってこられるように」と7年前釜山から離任する際、ある方から託されたものだ。その方は当時釜山市立美術館長だった。

 釜山市立美術館は、日本の長崎県立美術館と良好な協力関係にある。その交流は2008年、両美術館長の出会いから始まった。当初は互いに無理のない方式で長期的な交流実現を目指していたが、次第に学術・教育普及をはじめ施設管理、両美術館所蔵品交流、学芸員交流に至るまで幅広く協力する関係に発展した。2009年からは毎年「明日を拓く日韓合同こども美術交流展」を開催するなど、日韓両国の次世代教育まで協力の幅は広い。2011年には両美術館の継続的な交流と美術館事業全般での協力を更に進めるため、「両美術館の交流に関する協定書」が締結された。釜山市立美術館の地下階にある子どもギャラリーは具体的な成果の一つだ。個人間の出会いから始まった交流が、両地域の美術館の施設・所蔵品の有効活用、更には日韓の次世代教育に及んだ好事例と言える。

 外交官という職業柄、海外の多くの都市にある美術館を訪れる機会が多い。私が過去に勤務したアメリカのシアトルとホノルルにはシアトル美術館やホノルル美術館のような、その都市を代表する美術館があった。

 当時、シアトル美術館では大規模な展示がある時は、その前日にプレイベントとしてレセプション、展示品の紹介、ナイトツアーなどの行事が開かれた。シャンパンを手に専門家の解説に耳を傾け、ゆっくりと作品を巡る。心が豊かになる忘れがたいひとときであった。

 外国の美術館を訪れてもっとも喜ばしいことは、自国の美術品が大切に保管され、有効に活用されている姿を見ることだ。著名な美術館には、たいてい日本室や日本関係のコレクションを名付けた展示室があり、所蔵品の保存・修復が行われるだけでなく、作品が公開され、海外の方々にもよく分かるように丁寧な解説などが付けられている。所蔵に至った経緯に感謝の念が沸き立つことも多い。厳しい歴史の荒波の中、心ある方々により、散失の危機を乗り越えてきた作品も多いからだ。

 釜山市立美術館にも素晴らしいな日本美術のコレクションがある。シン・オクチン先生が釜山市立美術館に寄贈した美術品である。釜山出身の彼は、ソウルでの記者生活を経て釜山で画廊を経営したが、競売で購入した作品400点余りを釜山市立美術館に寄贈している。2010年から2013年にかけて彼が寄贈した作品を中心とした「日本の近・現代美術展」が4回開催された。最後の展示会は好評のあまり期間を延長したほどである。横山大観の水墨画、藤川勇造の彫刻を見た際には、作品の価値はもちろんのことだがシン先生の並はずれたご見識におのずと尊敬の念が生じた。

 美術品は一般に公開され広く知られることで、人類共有の文化遺産になる。そのため、知られる範囲は広ければ広いほどよい。なにより幸運にも価値を理解できる方に巡り会い、作品が大切に保存されて今日に至ったことを忘れてはならない。ニューヨークにあるメトロポリタン美術館でも浮世絵を描いた著名な画家の歌麿、写楽、北斎などの作品を所蔵しており、これを公開している。マネ、モネ、ルノワール、ゴッホを引きつけたように美術館を訪れる人々を今も魅了する。海外にある自国の美術品は、遠い異国の地にありながら人々に当該国の美意識、思想、歴史を語りかける美の広報大使である。

 幸い釜山に再び赴任する機会を得た。旧友との再会はもちろん楽しみだが、旧知の美術館や博物館を巡るのはこれに劣らない楽しみである。